
やらまいか精神で、静岡県西部の3市がスタートアップと共創
――実証実験サポート事業とは、どんな事業なのかを教えてください。
米村 浜松市では4年前から全国のスタートアップに地域課題や社会課題を提示し、それらを解決するようなスタートアップからの実証実験の提案を採択し、1年間伴走支援する“実証実験サポート事業”に取り組んできました。
採択した実証実験には、最大200万円の経費支援(補助率:対象経費の2分の1以内)、市内公共施設や協力企業が有する施設などの実証実験フィールドの斡旋をはじめ、実証実験モニター募集支援、実証実験にかかわる各種調整、法制度に関するアドバイス、実証実験のPRなど、さまざまな支援を行っています。
過去4回の実証実験で採択したスタートアップの数は22社あり、浜松市にとって地域課題を解決するきっかけにつなげられているだけでなく、スタートアップにとってもビジネスを前進させることができています。

――具体的に、どのようなプロジェクトを採択したのでしょうか?
米村 例えば、自動運転やオープンデータの利活用、ドローン活用といったもののほか、LINEを活用した子宮頸がん検診の受診促進アプリやVR技術を活用したバーチャル動物園といったものは、実証実験後に浜松市で実際に導入することとなりました。
行政への導入以外では、リモートで理学療法士などによるリハビリや体操を提供するスタートアップのサービスは、市内の介護施設に導入されています。浜松市はもともと「やらまいか精神」というチャレンジ精神と、新しいもの好きな住民性があるので、実証実験との相性は良いと実感しています。


――今回は、浜松市だけでなく隣接する湖西市と袋井市も実証実験サポート事業に参加します。それぞれどんな期待がありますか?
工藤 湖西市は静岡県内で三番目に工業出荷額が多い“モノづくりの街”で、トヨタグループ創始者豊田佐吉の生まれ故郷でもあります。ただ、他地域と同様に湖西市も地域課題が複雑化しており、今までもモノづくり企業などと一緒に課題解決に取り組んできましたが、さらに外部の力を活用して対応していく必要があります。
だから今回、スタートアップとの共創にノウハウのある浜松市と一緒に取り組むことで、全国のさまざまなスタートアップとの接点を持てたらありがたいと思っています。
廣岡 袋井市も同じで、行政や地域課題は外部の力を借りないと解決できないこと、袋井市単独では多くのスタートアップとの接点を持てないことがわかっていました。だから、すでにスタートアップとの共創のノウハウを持つ浜松市と一緒に取り組むことで、袋井市とスタートアップが共創する第一歩になることに期待しています。

市内からリアルの課題を吸い上げ、スタートアップに提示
――具体的に、どんな課題を解決したいとお考えでしょうか?
米村 これから市内の課題をヒアリングして、課題ごとに行政の所管部局の担当者をつけたうえで実証実験の提案を募集します。現時点で挙がっている市内の課題には、木材を加工するときに出る“木の皮”を有効利用できないかというニーズや、ごみの集積所を自動化できないかといったニーズがあります。
(編集注:2023年6月1日現在、募集概要に令和5年度テーマを掲示していますhttps://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/desupport/application_overview.html)
――市民からニーズを吸い上げるのですね。
米村 その通りで、市民と密着している行政の各部局が市民からニーズを吸い上げます。こういった取り組みは行政でスタートアップ支援に取り組む部局のみでやりがちで、我々も事業1年目には、先にスタートアップを募集し、採択後に担当課につなげていました。しかし、これでは所管部局の理解を得られないうえ巻き込みきれず、上手く進められませんでした。
リアルで地域の課題を感じている所管部局を巻き込まなければ、スタートアップの優れた技術やアイデアは生かされないので、2年目からは先に所管部局を巻き込むように変え、各所管部局が主体的に課題を提示したうえで、スタートアップの実証実験に1年間伴走するようにしています。
今回は浜松市だけでなく、湖西市と袋井市の3市が連携する日本初の取り組みなので、一つの市だけではできなかった実証実験もできるのではないかと期待しています。各市で産業も地形も違うため、幅広い実証実験ができるでしょうし、スタートアップのスケールアップも見込めるものと思っています。

――エリアが広がると可能性も増えるのですね。湖西市と袋井市はどのような課題を解決したいとお考えですか?
工藤 我々もどんな課題を提示するか議論している最中ですが、湖西市は近接するエリアから働きにくる人が多い街なので、職住近接を掛け合わせたテーマができればいいなと考えています。
スタートアップからすれば市境は関係ないので、まとまったエリアで実証実験をできるのはメリットだと思いますし、単独ではできないことにも挑戦しやすいのではないかと思っています。
廣岡 袋井市にはスタジアムやアリーナ、競技場がある “エコパ” という施設があり、年間120万人〜130万人の来訪者があります。ただ、来訪者の目的はエコパでのイベントやスポーツ観戦で、袋井市内を周遊することが少ないという課題があるんですね。
だから、少しでも市内の周遊を促すような仕掛けができれば、それは湖西市や浜松市にも横展開できるのではないかと期待しています。
遠州地域の魅力を知ってスタートアップに根付いてもらいたい
――どんなスタートアップに来てほしいですか?
工藤 湖西市は自動車関連のモノづくり企業が多く、EVシフトによる事業転換が不可欠です。ただ、どう変わればいいかわからないのが現状で、変わっていくためには外部の力が必要だと思うんです。
とはいえ、外部の力を借りた事例は少ないので、まずは市役所がスタートアップと一緒に実証実験に取り組むことで、成功事例を作りたいと考えています。課題は精査中ですが、提示した課題に真摯に向き合ってくれるスタートアップなら業種は問いません。一つずつ成功事例を作って市内に浸透させていきたいと考えています。
廣岡 袋井市は「市の特性を伸ばす分野」と「慢性的な課題」の大きく2つのテーマに紐づく課題解決を目指したいと考えています。
袋井市はメロンやお米、お茶などの農業が基幹産業という特性がありますが、後継者不足や人手不足は深刻な課題です。それを解決するためのアイデアをいただけると嬉しいですね。他にも、エコパの来訪者を市内で周遊させて観光消費を高めることや、20代の外国人労働者との調和や共創も模索したいと考えています。
慢性的な課題として挙げられるのは、介護の人手不足問題です。課題はこれから各課から挙がってくるので、それらをしっかりと精査して、全国のスタートアップのみなさんに提示したいと思っています。
――これから作っていきたい未来、遠州地域全体のビジョンについて教えてください。
米村 浜松市は、スタートアップが生まれ、育ち、集まるようなスタートアップのエコシステムを作っていきたいと考えています。実際、スタートアップが資金調達をするためのファンドサポート事業や、製品やサービスの販路開拓支援、それらを市が優先的に導入するトライアル発注認定事業など、豊富な支援メニューをご用意しています。
ただ、一つの自治体だけでは社会課題の解決は難しく、今回の3市での取り組みをきっかけに、遠州地域全体の活性化につなげられたら嬉しく思います。
工藤 湖西市では、小中学校とモノづくり企業をつなぎ、将来のモノづくり人材の育成に取り組んでいますが、産業を発展させていくためにも、スタートアップのみなさんの力を借りながら、一緒に取り組みたいと考えています。
廣岡 各課と連携してスタートアップの実証実験を伴走することによって、社会課題の解決や市民生活の向上につなげるのはもちろん、販路拡大などを通してスタートアップが定着してくれたら嬉しいです。
その先に描けるのは、市内の若者が定着したスタートアップに憧れて働く未来。今回の取り組みはその第一歩で、スタートアップに遠州地域の魅力を知って拠点を持ってもらい、交流を通して次のスタートアップが生まれるような環境を作っていきたいですね。

浜松市出身。浜松市役所に入庁後、観光部門や人事部門などを歴任。2015年から産業部門に着任し成長産業創出に携わる。現在、令和3年度に新設されたスタートアップ推進課でスタートアップ支援に取り組んでいる。

袋井市出身。袋井市役所入庁後、税務やスポーツ部門などを歴任。2017年から産業部門に着任し、観光振興や新産業の創出などに携わる。2023年4月現職に就き、産業振興全般に取り組んでいる。

兵庫県川西市出身。2012年経済産業省に入省後、省エネ・新エネ、中小企業、福島復興、素材産業振興の部署に所属。2022年7月より現職。農業、工業、商業の振興政策に取り組んでいる。
