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フランスと連携した佐賀県の「コスメティック構想」
―佐賀県が取り組んでいる「コスメティック構想」について教えてください。

八島 コスメティック構想とは、佐賀県と唐津市、玄海町を中心に、北部九州に美と健康に関する産業集積地を作り、アジア市場のコスメ拠点を目指す構想のことで、2012年からスタートしました。
きっかけは、フランスにある世界最大の化粧品産業クラスター「コスメティックバレー」の元会長アルバン・ミュラー氏が佐賀県唐津市の民間企業を訪れたことでした。アルバン氏は、県内には農作物など豊富な天然資源があることと、既に規模は小さいものの化粧品製造や検査・輸入代行、物流など、地元企業から成る小さなクラスターが発生していたことに注目。
しかも福岡から1時間圏内という利便性から、成長市場であるアジア市場に向けた戦略拠点として、日仏連携でビジネスを展開できないかという提案をされたんです。その話が唐津市役所に持ち込まれ、行政としても既存産業が衰退する中で、フランスのコスメティックバレーと連携して新しい産業モデルを構築できるならぜひ取り組みたいと、当時唐津市役所の職員だった私は、フランスへ見学に行きました。

そこで目の当たりにしたのは、日本の大規模な化粧品メーカーは、企画から物づくり、物流、プロモーションまで1社が一気通貫で行なっていますが、フランスのコスメティックバレーの中小企業は、専門企業が横でつながりながらサプライチェーンを作っていたこと。農業、加工、卸、処方、容器・パッケージ、デザイン、プロモーション、小売等それぞれの企業がつながっていて、これは地方都市の新しいモデルになるかもしれないと思いました。
そこで、新しいコスメの産業集積地帯を作るべく、ジャパン・コスメティックセンター(以下、JCC)を2013年に立ち上げたのです。
JCCには、地域の特色ある産業政策を志していた「佐賀県」と、産業振興として九州大学と連携して東洋ハーブの栽培をしていた「玄海町」が参画。こうして、県内企業と唐津市、玄海町、佐賀県、大学が連携する仕組みが出来上がりました。
現在JCCは、152社の民間企業と14の大学、自治体と関係団体の、合計約180団体から構成されています。
30件の輸出と30社120商品の開発に成功
―2013年にJCCを立ち上げて以降、どのような活動をされたのでしょうか?
八島 掲げたのは、「国際取引」「原料開発」「環境整備」「産業集積」の4つの柱です。国際取引はフランスを皮切りに、イタリア、スペイン、台湾、タイ、中国の団体や企業と提携し、輸出入や生産などのビジネスマッチングを推進してきました。
原料開発は、生産量日本一であるハウスみかん等の柑橘類やツバキなどの天然由来原料と地域産業をマッチングさせて、一次産業から三次産業まで一気通貫のサプライチェーンを作ろうとしています。
加えて、クラスターを目指すなかで単にビジネスプレイヤーを集めるだけでなく、大学の研究開発機能と人材輩出機能、情報集積機能といった環境整備を図り、佐賀県への企業誘致はもちろん、創業・起業家が生まれるよう支援をしてきました。
実績としては、輸出は約30件の成約事例があり、商品開発においては佐賀県産のグレープフルーツやみかん、いちごなどから抽出した原料を使って、30社120以上の商品が開発されています。最近では、ユナイテッドアローズ社のスキンケア商品に唐津市のツバキ油が採用されました。
また、産業集積においては県外から7社を誘致し、18の新たな起業家が誕生。今年度末までに380人の雇用を見込んでおり、JCCを立ち上げるまではゼロだった付加価値の総額は120億円に上る見通しです。
スタートアップとの協業でクラスター化を加速したい
―今回、アクセラレータープログラムを導入した背景について教えてください。
大野 4つの柱を掲げて取り組みを進めてきた中で、特に成果が上がったのは商品開発でした。ただ、産業集積地を作るには足りないピースがいくつも出てきたんですね。なかでも、スタートアップの経営相談や創業支援、コスメ業界が求める人材の育成等に課題がありました。

人口82万人の佐賀県で創業支援をするには大都市圏と同じことをやっても意味がありません。そこで、JCCと佐賀県、有識者を集めた検討会を実施。佐賀県にはコスメに特化した産官学が連携したJCCという基盤があることと、フランスのコスメティックバレーとつながっているという他にない強みを生かした創業支援をやるべきだという答えにたどり着きました。
そして、2020年から県内企業とスタートアップ企業との協業によって、コスメティック・クラスターの実現を加速させるべく、「SAGAN BEAUTY & HEALTHCARE OPEN ACCELERATOR 2020」をタイトルにしたアクセラレータープログラムを導入しました。
八島 県内企業が眠らせているであろう埋蔵資源は、スタートアップのアイデアや技術力で事業化に生かせる可能性を感じましたし、全国的にはマイナーな佐賀県のコスメティック構想を、Crewwのアクセラレータープログラムを起爆剤にすれば、全国に認知させるチャンスになると思いました。
―参加された県内企業4社は、どのような課題があったのでしょうか。
八島 今回参加したのは株式会社サガテレビ、株式会社ブルーム、三栄興産株式会社、株式会社クレコスの4社です。サガテレビはメディアですが、地元の農産物からの商品開発やヘルスケア領域での新しいビジネスを考えており、化粧品の試験検査を行うブルームは世界に向けたサービスを展開するためには新しいテクノロジーの活用が不可欠だと感じていました。
麦茶等の製造販売をしている三栄興産は、スタートアップのアイデアで既存事業以外の柱を持ちたいと考えており、国産オーガニック化粧品メーカーのクレコスもスタートアップの新しいテクノロジーを活用したブランド開発や消費者訴求などを模索したいと考えていました。
いずれにしても、スタートアップとどんなことができるのか、どんな事業が生まれるのかは未知数ですが、自分たちの延長線上では想像できないような事業開発につなげたいと考えていました。
―実際、どのようなスタートアップからの応募がありましたか?
八島 参加企業によって異なりますが、AIやビッグデータ、ヘルスケア、スポーツ、商品開発など、さまざまなスタートアップから想像以上に応募がありました。各社これから協業先を決めて事業内容をブラッシュアップし、2021年の年明けから実証実験を始められるよう進めたいと考えています。
「コスメビジネスがしやすい街、世界とつながる街」を目指して
―アクセラレータープログラムにどんな期待をしていますか?

大野 プログラムを通して県内企業の人材育成にもつながると思うので、それがビジネス拡大につながっていくことに期待しています。
応募企業の中には、県内では見当たらないようなビジネスモデルや、想像もしなかったアイデアの提案があるので、協業によってどんな化学反応を起こすかがとても楽しみです。最終的には、今回のアクセラレータープログラムで掲げた「日本一コスメビジネスがしやすいマチから世界へ」というスローガンを実現できたら嬉しいですね。
八島 JCCとしても、スタートアップから学びを得たいと考えています。県内企業が成果を出せば、県の産業を牽引することになります。経営資源の強化に一石を投じつつ、スタートアップと協業する価値観・モデルが標準になるよう、カルチャーやマインドを醸成したいです。
―今後クラスターを実現させるにあたっての展望をお聞かせください。
大野 海外企業とつながる機会を提供しながら、世界に通用するビジネスモデルを支援し、国内外に「コスメビジネスといえば佐賀県」という認知を広めて産業集積につなげたいです。佐賀県は以前よりスタートアップ支援に力を入れていましたが、今年度からDXスタートアップ推進室という専門部署を設け、支援体制を強化しています。そうした部署と連携しながら、新たなビジネス創出に挑戦する人たちを支援していきたいと考えています。
八島 非連続な成長はゼロイチの発想から実現します。だから、佐賀県やJCCは過去にとらわれることなく、新しい価値のために新しいものを作る考えで取り組んでいきます。そのきっかけとしてアクセラレータープログラムを位置付けたい。「コスメビジネスがしやすい街、世界とつながる街」という魅力を作って伝えていくことで、フランスのコスメティックバレーのような産業集積地を目指します。
