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火曜日, 1月 18, 2022

【イントレプレナーライフ】仕事と子育てを通して自分の武器を手に入れた。 女性でも活躍できると示す存在でありたい。

【another life.タイアップ特集】日本生命保険相互会社の企画総務部で130年史を編纂しながら、スタートアップ企業との新規ビジネス共創プログラムにも参画している牛山さん。二児の母でもある牛山さんが、子育てをしながら、精力的に仕事に取り組んでいるエネルギーはどこから生まれるのか。お話を伺いました。

極められないことがコンプレックスに

千葉県市川市に生まれて、1歳で習志野市に引っ越しました。小学校4年生で学校のとき、管弦楽クラブに所属し、フルートをはじめました。割と器用な方だったので、上達は早かったと思います。

ところが6年生になると、コツコツがんばっていた友達がどんどん上手になっていて、このままでは追い抜かれてしまうと思うようになりました。負けるくらいなら、いっそフルートはやめにしようと、そのとき人数が足りなかったビオラに移りました。

クラブはコンクールで日本一になりましたが、複雑な気持ちでした。フルートに専念できなかったことから、一つのことにじっくり取り組み、極めるところまではできないのだろうなと劣等感を持つようになりました。

中学生になって、クラブの友人たちは音楽を極める道に進み、練習に励む人が多かったですが、私には続けていく覚悟がありませんでした。そこで、小学生の頃に取り組んだことがあったソフトボール部に入りました。ソフトボール部でも管弦楽クラブにいた時と同じくらい一生懸命練習に打ち込みました。父親の仕事の都合で、中学2年で兵庫県西宮市に引っ越しましたが、転校先でもソフトボールを続けていました。

中学卒業後は比較的偏差値が高い学校に進学しました。すごく難しい本を読んでいる友達や、これをやらせたら誰にも負けないとか、いろいろな強みを持つすごい友達が大勢いました。充実した高校生活でしたが、私はどこに強みがあるんだろうと思っていましたね。

働く女性のイメージがつかめなかった

関西出身の母も岩手出身の父も北海道の大学に進んでいたので、昔から「大学は親元を離れたところへ行くものだ」と思っており、親元から離れ、中学時にも住んでいてなじみのある関西の大学へ進みました。学部は、なんとなく、人や教育に興味があるなと思っていたので文学部の教育学専攻を選びました。

将来なりたい職業はあまりイメージできませんでしたね。大学までのキャリアは母の経験談を聞いてなんとなく知っていたのですが、母は仕事をやめたので、私が物心つく頃には専業主婦でした。ご近所の母親たちも専業主婦が多く、身近に働く女性のロールモデルがおらず、イメージが湧かなかったのです。

就活の時期になると、自分には法学部や経済学部の人に比べて、働く上での強みがないと感じ、どこにエントリーを出すべきか悩みました。何か強みはないか考える中、人と接することは昔から好きだったので、営業は向いているかもしれないと思うようになりました。さらに、その場その場の一瞬の関係より、深く、長く一人の人と関わっていきたいとも思いました。

いろいろな会社の説明会に行く中で、生命保険が一番深く長くお客さんとお付き合いできると感じました。そこで、日本生命保険相互会社に入社しました。

後進に道を作りたい

現在のエリア総合職という職制で入社しましたが、当時は、総合職とは描けるキャリアが全然違いました。基本的に、任されているのは営業の仕事のみで、一部、限定された営業支援系の部署になら配属される可能性がある、という状況でした。

そんな中、入社して4年目に、本部の部署に異動となりました。5万人いる営業職員の教育を担当する営業教育部という部署で、研修や教育教材の作成、全国の営業部で朝礼をするときに流す番組の制作などをしました。エリア総合職からは数少ない登用で、役職がない入社4年目では初めてのことでした。

一緒にいた部署の人には「ここでがんばらないと、エリア総合職からの登用が続かなくなるよ」と、言われました。今後、同じような人材の登用が行われるようになるかどうかは私の働きぶりにかかっているのだと感じました。他の人たちに、こんなキャリアの築き方もあるんだということを示したいという使命感を持って仕事に取り組むようになりました。

両手でご飯が食べられる

2年ほど営業教育部で働いた後、現場と本部をつなぐ、営業職員のサポートをする部署に異動しました。そこで1年働き、子どもを授かったので育休をいただきました。

育児中は自分よりも子どもが最優先です。抱っこしていないと泣き出すので、ずっと子どもを抱いたままで、ご飯もゆっくり食べられませんでした。そんな生活が1年続き、職場復帰した初日、お昼ご飯に行きました。そこで、両手を使ってパスタが食べられたのにめちゃくちゃ感動しました。子どもを抱っこせずに、両手を使ってご飯が食べられるなんて、育休中にはめったになかったからです。

これも、ぐずりながらも保育園に行ってくれてた子どもと、私が働くのを認めてくれた夫、職場復帰を許してくれた会社のおかげだなと感じ、感謝があふれてきました。

以来、仕事への取り組み方が、育休前と大きく変わりました。同じことを淡々とこなすのではなく、今までとは違う成果を出したいと考え、動くようになりました。与えられた以上の成果を残せば、働ける環境を与えてくれている会社への恩返しになると思ったんです。

まず、意識したのは効率的な働き方です。子どもが待っているので、これまでと同じように残業をするわけにはいきませんでした。それでも、絶対に生産性を落としたくはなく、やるべき業務はやり切りたいと思いました。

そこで、例えば、サポートしている営業職員の中で似た課題を持っている人たちには同時に研修するなどして時間短縮の方法を考えて試してきました。その結果、早帰りをするなかでも今までと変わらない成果を出せるようになりました。

その部署には2回の育休を含めて6年在籍し、その後、営業部のマネージャーに手を挙げました。子どもがいてもマネージャーができると示すロールモデルになり、会社へ貢献したいと思ったんです。

身につけた武器を活かして

今は企画総務部に所属して2年目になります。部署の仕事は、相互会社として、株式会社の株主総会に相当する総代会等の運営です。そのなかで私がメインで取り組んでいるのは、今年の創業130周年に向けての「日本生命百三十年史」編纂です。日本生命は10年毎に社史を作成していますが、今回は直近10年間の史実を中心にまとめるべく、40を超える関係部署と連携を取りながら進行を管理しています。

さらに、普段の業務とは別に、会社が公募したプロジェクト「日本生命アクセラレーター2018」にも参画しました。スタートアップ企業といっしょに、保険に限らず新しいビジネスを立ち上げるというプロジェクトです。会社のためになることがしたいという気持ちや、他の職員のロールモデルになりたい気持ちから、メインの業務以外の仕事も挑戦しようと思ったんです。

そのプロジェクトの中で、私は子育て関連のスタートアップ企業さんと一緒に新規事業づくりを行いました。子育て関連のことはいくらでも想像でき、子育てしてきてよかったと思いました。プライベートのできごとが仕事に活かせたのは初めての経験で、自分にしかできない仕事だとやりがいを感じました。

スタートアップ企業の経営者さんと一緒に働く中で、どの経営者さんも深い専門知識や、得意な営業分野など、強い武器を持っていて、すごくうらやましいなとも感じました。そこで、改めて自分の武器を見つめ直した結果、例えば、営業教育部時代の教材作成や、現在取り組んでいる百三十年史編纂で身につけた、多くの人たちと関わってプロジェクトを進めていく巻き込み力や推進力こそ武器なのではないかと気がつきました。

今後も、その武器を使って、与えられた仕事で成果を出したり、新しいプロジェクトに挑戦したりしたいです。

個人的には、子育てをしながらキャリアアップしていく姿を後輩たちに見せ、働きながら子育てできることを示すロールモデルになれればうれしいですね。これからもこの会社で、女性が、母が活躍できる領域を広げたいと思っています。

※このインタビュー記事は、2019年5月28日、another life.にて公開された記事を転載しています。

インタビュイー
牛山 亮子 氏 日本生命保険相互会社企画総務部
新卒で日本生命にエリア総合職として入社。本部登用の先駆けとなり、子育てしながら営業マネージャーに就任するなど、女性のキャリアを切り拓いている。現在は企画総務部で130年史の編纂等を行っている。
執筆
another life. 
「自分の物語を生きる」というコンセプトで運営する人生体験サービスです。他の人の人生を追体験することで、様々な生き方を知るとともに、自分自身のことを考えるきっかけにしてほしい。自分なりのやりたいことを見つけ、様々な価値観を受け入れられる人を増やし、一緒に明るい未来を作りたい。そんな想いで運営しています。

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