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実証実験を重ね、人感センサー内蔵香り演出機器「Ambiscent」が誕生

――アネスト岩田が2020年にアクセラを実施した背景には、どのような課題があったのでしょうか。
和泉 弊社は創業以来、圧縮機事業と塗装機事業の2つの事業で業界を牽引してきました。ただ、研究開発で新製品は生み出せても、全く新しい事業を創出することが難しく、課題になっていました。そこで、スタートアップとの協業で“飛び地”の新規事業を模索すべく、2020年にアクセラを実施しました。
――その後、香りで空間演出をするスタートアップSceneryScent社を採択され、実証実験をされています。具体的にどんな実験を重ねたのかを教えてください。
和泉 まず検証したのは、「香り」によって商品の売り上げコントロールや、新商品の販売促進につなげられるかどうかです。「香り」による新たな体験や演出は技術面のハードルが高いため、世間ではあまり実装されていません。でもそれをクリアできれば非常に大きな市場にトライできる可能性があります。
そこで、弊社の既存製品であるスプレーガンの技術とSceneryScent社の香りを掛け合わせた「小型の香り噴霧器」の開発に取り掛かりました。ただ、既存のスプレーガンにはない「香りを噴霧する機能」を成立させるのが難しく、設計と試作機製作は半年近くかかりました。
試作機ができてからは、社内の自動販売機に機器を設置し、SceneryScent社に製作いただいた一般的な缶コーヒーの香りを噴霧して、香りは狙い通りに漂うのか、コーヒーの購入数にどう影響するのかの統計データを取りました。
結果、統計はうまく取れなかったのですが、初めて長時間運転をしたことで新たな課題が出てきたんです。それは、長時間噴霧すると香料が固着して噴霧量が徐々に減り、最終的には出なくなってしまうこと。
このような香料の噴霧ならではの課題を解決しながら試作機のブラッシュアップを重ね、2022年9月にお客様に試していただけるレベルの試作機、人感センサー内蔵香り演出機器「Ambiscent(アンビセント)」が出来上がりました。
SceneryScent社の郡さんは試作機ができる前から展示会でお披露目してくださっていたので、現在は興味を持ってくれたお客様にトライアルしてもらいながら、日々改修を繰り返しているところです。
トライアルで見えてきた、想定以上のニーズと市場

――現在何社がトライアル機を導入しているのでしょうか?
郡 現在は試作段階ですが、6社でトライアルをしていただいています。展示会では「この機器を見に来ました」という企業の方がとても多く、世にない物を生み出せた実感を得られました。
通常のアロマディフューザーや一般的な香りの機器とは全く違い、対象者に向けてピンポイントに香る機器を新しく開発したので、トライアルされているお客様からは、空間で香りをコントロールしやすいとの評価をいただいています。
――どのようなニーズが多いでしょうか?
郡 私たちは当初「香りの看板」を想定していたのですが、実際は思いもよらなかった使い方や市場をお客様からも、お問合せがあったり試してみたいなどのお声掛けをいただいたりしています。
看板としての用途では、デジタルサイネージのメーカーや食品サンプルの企業から興味をいただくほか、コワーキングスペースやレンタルオフィスなどオフィス空間で香りを体感できるスポットを作りたいというニーズや、オフィスのグリーン化に伴う演出ニーズもあります。
いろんな人に使っていただくことで、いろんな可能性が見えてきました。
――トライアルによって、想定以外のニーズが見えてきたのですね。
和泉 一方で、いろんなニーズがあるから一つの仕様にまとめるのがすごく難しいという課題も出てきました。たとえば、当初は壁の中など見えないところから香りを噴霧することを想定していたのですが、トライアルでは店頭など見える場所に置かれるケースが多いんですね。
するとデザイン性が重要になり、オフィスで使うなら図書館並みの静音性が必要になります。でもそのノウハウがないので、静音性の高い商品を購入して分解するなど、実験を繰り返しながら要求スペックの機器にすべく、構造を大きく変えている最中です。
自社だけでは出せないスピード感で、ものづくりを実現

――和泉さんは今回のアクセラで、どんな気づきや学びを得られましたか?
和泉 スピード感と新しいことに挑戦するチャレンジ精神、行動力はとても勉強になりました。社内だけでやっていたら、本業に時間を取られてトライアルに辿り着くまでもっと時間がかかっていたと思いますし、途中で断念していた可能性もありました。
でも、今回のアクセラでは、最初のプレゼン時にトライアルの合意を得ていたから約1年半でトライアルを実施でき、郡さんが積極的にお客様を連れてきてくれてニーズを吸い上げてくれたおかげで、我々もなんとか食らいつきながら進められました。
郡 和泉さんをはじめ、開発メンバーは既存事業とは全く違うスピードで新規事業に取り組んでいただいたので、本当に大変だったと思います。でもそれができたのは、和泉さんの頑張りと熱量が大きかったからだと思うんです。アクセラは、チームを引っ張れる熱量のある人が担当者になって、初めて成功するのだと思いました。
――たしかに、時間のかかるものづくりは、担当者に熱量がないと途中で頓挫することもあり得ると思います。
和泉 そうですね。私には2つの強い思いがあって、一つは新規事業を立ち上げられたら、そのプロセスやスピード感をノウハウとして提示でき、次に挑戦する人の糧になるという思い。
もう一つは、私自身、チームリーダーというポジションのため一担当としてモノづくりをできる最後の機会かもしれないという思いがあるからです。
だから、なんとしても完成させて世に出したい。香りの事業を郡さんと構築できたら、これほど幸せなことはないと思っています。
2023年度の量産・販売に向けて、ブラッシュアップを加速

――今後はどのようなスケジュールで進めていく予定なのかを教えてください。
和泉 今後はトライアル機を増設して最終仕様を作り上げ、2023年度の上期中に販売できればいいなと考えています。量産検討も進めているのですが、実際に量産までできたら会社としても大きな成功事例になるので実現させたいですね。
今回の取り組みを弊社で新規事業を生み出す手本にしたいので、製品を世に出すことと、新規事業としての実績を残すこと、この2つに尽力したいです。
郡 そうですね。トライアルと同時に販売代理店も探していますし、製品のデザインも外部のプロダクトデザイナーにお願いして、ブラッシュアップも進めています。
香りについても、既存の40種類の商品は販売代理店からの販売を可能にし、サブスクでの販売を検討しています。それ以外のオリジナルな香りのニーズに対しては、弊社が直接エンドユーザーに対応したいと考えています。
それから、現在他の企業と一緒にある土地の匂いを採取して再現する事業にも取り組んでいるんですね。それを実現できたら、アネスト岩田社と開発したこの機器で、たとえば世界遺産の知床半島の香りや、宮崎県の高千穂峡の香りなどを噴霧できるかもしれません。
アクセラによって新しい価値や市場を作り出せる可能性がたくさん見えてきたのは本当に嬉しいこと。和泉さんはじめ開発メンバーの尽力によって機器は最終仕様に近づいているので、ここからは世に広めていくための戦略や広報に力を入れていきたいと思っています。
社名 | アネスト岩田株式会社 |
設立 | 1926年5月1日 |
所在地 | 神奈川県横浜市港北区新吉田町3176番地 |
代表者 | 深瀬 真一(ふかせ しんいち) |
事業概要 | 空気圧縮機(エアーコンプレッサ)、真空機器、塗装機器・設備並びに液圧機器・設備の製造・販売 |
URL | https://www.anestiwata-corp.com/jp |
社名 | 株式会社SceneryScent |
設立 | 2019年3月18日 |
所在地 | 大阪府大阪市中央区淡路町3-4-13 |
代表者 | 郡 香苗(こおり かなえ) |
事業概要 | 香りの空間演出、香り演出機器の開発・販売、香りのOEMグッズ販売 |
URL | https://sceneryscent.com/ |

2012年にアネスト岩田入社。開発企画グループに所属し、新規長期開発製品の実験、設計に携わる。その後、主担当を任され、新規開発製品の設計からトライアルテスト立上げなどを行う。
現在は要素研究チームのチームリーダーとして、コンプレッサのコア技術を構築。また新規製品立上げのノウハウを活かし、本プロジェクト(香り噴霧装置開発)を企画・実施している。

匂い香りで舞台演出や空間デザインを手掛ける香り空間プロデューサー。個人事業主としてアロマテラピーサロンを運営中にダンスステージの香り演出のオファーがあったことをきっかけに、癒し業界からエンタメステージの香り演出事業にシフトし、2019年株式会社SceneryScentを設立。
匂いや香りは人の本能に訴えかけて深く記憶させる特性を持つことから、夢と感動の「記憶」を生み出し、やがてその記憶が人々の生きる希望になる世界を作ることを理念として事業を行う。
