Table of Contents
東京メトロとストーリーアンドカンパニーによるオープンイノベーション事例とは
株式会社STORY & CO./ CEO 細川 拓氏
※本インタビューは2018年末に実施されたものです。
― まずはプロジェクト発足までの経緯を教えて下さい
石川:2017年10月に募集を開始して、採択は同年の12月。2018年3月から実証実験を始めていき、取り組みの告知を開始したのが4月末ぐらいですね。そして約3ヶ月のトライアル期間があって、ビジネスとしての方向性も見えてきたことで、8月1日から弊社(東京メトロ)とストーリーアンドカンパニーさんとの業務提携を開始しました。
細川:2017年年末にプログラムの採択がされた当時は、弊社サービスのホストが10人前後くらいで…本当に初期の段階で採択していただきました。
―「Tokyo Metro ACCELERATOR」2016年と今回の2017年ではコンセプトに違いはあったのでしょうか?
石川:2016年のプロジェクトは初回ということもあって「東京の発展に寄与できるすべての領域」と、広い視点(領域)で募集しました。そして初回の取り組みを通じて、17年は「東京という街をもっと楽しく」という具体的でキャッチーなテーマに落とし込んだんです。「スタートアップと東京メトロが繋ぐみんなの笑顔」と設定し、「繋ぐ」がキーワードになった中で“繋ぐ”企画が通ったという経緯があります。
― 今回のプロジェクトの内容を教えて下さい
石川:1つは「AND STORY」という取り組みで、“伝えたい人”と“やってみたい人”を繋ぐ体験シェアリングサービスです。例えば私が好きな体験は、「映画監督とシナハンを考えるツアー」。シナハンとはシナリオハンティングの略で、映画監督と街に出てシナリオを考えるツアーなんです。ある日は新宿御苑前駅の近くで、公園の中も含めて巡ったりして。一般の方々の新宿御苑前駅のイメージって「公園あるな」「花見できるな」程度だと思うのですが、シナハンで自分なりに注意深く街を見ながら「あんなところにこんな店が」「あの人は花屋に入っていくけど何を買うんだろう」といろいろと膨らんで、街自体の見方が変わるんですね。あまり知らなかった新宿御苑を知れる、もっと好きになるというのが良いですよね。弊社としては地下鉄に乗ってもらいたいという思いが前提にあって。(初乗り運賃)165円の積み上げて成り立っている会社なので、普段とは違った観点で街を深く感じていただく体験というのは面白いなと。

細川:実際に監督さんに妄想の仕方まで教えてもらって、一緒にシナリオを作るんです。普段の生活の中では街並を意識することは少ないと思うのですが、シナリオ作りのためリアリティーが必要だからと、実際に(その街にある)店や場所に寄ってみましょうとなるみたいで。より、街に対しての思い入れが生まれるんです。最初は弊社サービスのホスト役になる監督さんも、ご自身では何ができるかは分からなかったみたいなんです。だけど、弊社にはホストの方に向けて、(ホスト役の得意なこと、できることを基に)こういう体験提供ができますよという提案サービスが生まれた。シナハンの場合は、 “映画監督の日常”が垣間見えることが良いということで、シナハンの話が出てきたんです。
石川:他はグルメやエンターテインメント関連だったり、「自転車に乗って東東京を巡る旅」なんかも実施しています。メトロの駅だけで179駅あるんですが、それぞれの街の魅力って我々だけでは押さえきれないんです。街ごとに魅力があって、いろいろなフリーペーパーなどを出していても押さえきれない。だけど、一般の方々が感じている街の物語や経験、思いを発信していただくと、「そんなところに聖地があったんだ」と我々も知らないことも発見できるんですね。
「AND STORY」の企画の特徴としては、3時間でコンパクトな体験ができること。そして“人”に焦点をあてているということ。その人ならではのストーリーや経験、思いを込めたものを展開しています。そしてよりその思いが強く表れているのが、もう一つの取り組みでもある「東京、旅するトーク」なのかなと。これは、東京の街を彩る人たちと、その街に初めて訪れる人たちが出会うことで、魅力をこっそり分け合うコミュニティーイベント。1人1人に街との物語があり、物語が溢れると魅力溢れると、きっと東京は活気の町になるだろうと思っています。
―協業したことで両社の魅力が合わさり、面白い企画が生まれてきているんですね。協業していくことでの両社のメリットはありますか?
石川:弊社の1日平均利用客742万人のタッチポイントは、ストーリーアンドカンパニーさんとの取り組みでは是非ご活用いただきたいと思っています。メトロとしては、街の魅力や活力を取り組みを通じて引き出せることは私たちの目指すところ。体験型の情報発信というのは、フリーペーパーやWEBなどでも初めてです。
細川:「町のために何かをやりたい」という方々から、「AND STORY」「東京、旅するトーク」にご応募いただけるのはメトロさんとの協業がスタートしてからですね。こういったコト産業の問題は、すぐ同質化してしまうこと。例えば、書道教室に行っても初心者がやるものってどこも変わらないことが多い。差別化するとしたら、値段と(教室の)立地しかないと思うんです。そうなってしまうと(資本力のある)大手企業が優位になるんですね。大手はどんどん店舗を作り、無料体験などのサービスを打ち出す。すると個人では太刀打ちが難しい。ただ個人にも優位性はあって、太刀打ちするとしたら(サービスを提供する側の)物語性や個性的な“想い”があるというところだと思っていて。大きな法人はそういう部分が見えてこないので、この企画ではそういった部分を導ければいいなと考えています。
オープンイノベーションで生まれた「東京、旅するトーク」

―こうして生まれたのが「東京、旅するトーク」なんですね。
石川:「東京、旅するトーク」は、2018年12月13日時点で22駅28回。初回は東京駅の近くでスタートしてその後赤坂や浅草、神田で開催しました。街を彩る人っていう表現をしていて、その街に関係が深い人や街に対して想いを持っている人、街にお店を出している人など関係が深い人に来ていただき、街について語っていただくイベントです。語り手自身のこれまでの経験などを物語として語っていただいて街の魅力を分け合うと。そういった方々の想いがしっかりと伝わると共感に変わるんですね。街が自分事になって、ファンとしてそこに地下鉄で通っていただけるということは弊社としてはすごくうれしいことなんです。
細川:元々、旅するトークの構想はあったんです。自分自身の話なんですが、38年間の人生ですでに25回ぐらい引っ越しをしていて(笑)。 “(地域)コミュニティー”というものに憧れていて、東京でも入りやすいコミュニティーがあったらいいなと思っていました。もう一つは、街中に大企業の外食チェーンや小売店が増えて景色が同質化する中で、個人商店など人の想いが強い店の重要さが増しているぞと。そういった方々に街の魅力を語っていただくことが大切だと思ったんです。
石川:最初は細川自身がホストとして登壇し、先輩がゲストスピーカーで登場したり。今はだんだんとその街で実際に活躍している人に登壇していただいています。それが連鎖的に、そして自然発生的にどんどん広がっていっています。
―集客の周知はどのようにしているのでしょうか?
石川:パンフレットや駅でのポスター掲載などよりは、メトロのTwitterアカウントやメールマガジンはじめとしたデジタルでの告知が多いです。メルマガは鉄道好きな方やウォーキング好きな方々が多いので、そこに向けて発信しています。あとは、弊社で以前より企画している町歩きイベントの際に紹介させていただいています。
―メトロさんとしては社会貢献という部分もあるかと思います。売上や利益など、数字には見えづらい部分がある中でKPIは設定していますか?
石川:利益が爆発的に上がる企画だとは正直思っていないのですが、参加者数や開催数で数字は追い掛けてはいます。「東京、旅するトーク」については、179駅すべてでの開催を目指しているので、2019年3月までの目標などはありますね。あとはコンテンツ数とそこに登録しているゲストになり得る数っていうのをKPIとして持っています。東京メトロとしては、都市の魅力や活力を引き出すということが会社の意義の一つ。地下鉄は乗りに来ること自体が目的になっていることって少ないんです。ただ、東京の主役って街そのものだと思っていて、さらにはその場所で暮らしている“人”がどのような思いを持っているのかが大事だと思っていて。街の文脈やDNAを受け継ぎながら進化させていくことがメトロの役割。数字は追いかけてはいますけども、いろいろな町で魅力を発信していること自体が重要だと考えています。
―この取組みで見えてきた課題はありますか?
石川:収益をしっかり出していく取り組みだとは思っていないにしろ、継続していくためには赤字事業にならないよう運営しなくてはなりません。最低限の数字は稼がなければならないし、社内でも収益性が低いという指摘は正直あります。本協業に入る段階の決済が一番大変で、実証実験でどんな実績上げたのかも追及された上で「今やるべきか?」という声もありました。
細川:イベントの回数自体も上がっていますが、元々“見える化”が難しい取り組みだと感じていて。例えばCMなど大規模な広告を打ったとしても、(公共交通機関という特性上)利益がどのくらい増えているかは分かりにくいですよね。フリーペーパーやポスター告知もしかり。メトロさん内部のやりとりは自分にはあまり見えてこない部分ではありますが、石川さんが関係各所と綿密な調整をしていただけたからこそ、実現出来たのかなとは思っています。

石川:一方で企画の運営部分では、ストーリーアンドカンパニーさんにお任せな部分が大きくて。細川さんには身を粉にしていただいていて。全力で進めていただいているのは心強いなと思っています。
―今後の大きな展望はありますか?
石川:やはり、179全部の駅で開催するというのは大きな目標。実際に、人々の共感が生まれていて、ホストの方と一緒に開催したイベントが元で「私もこの町の魅力を語りたい!」と連鎖していっている。街に厚みがでるためにアンドストーリ―を活用してもらって、自然と共感が生まれて、取り組みが膨らんでいくのが良いですよね。結果、街の魅力が見えてきてそれぞれの街がカラフルになったらうれしいです。
細川:これからどんどんと面白くなっていくと思います。僕個人としては、メトロさんには一社目にプロジェクトの採択していただいて、業務提携もしていただいたという恩があります。人々に「この会社、このサービス見つけたメトロってすごいね」と言ってもらえるようにするには、利用者数や利益という数字で測れる部分もないがしろにしたくはないんです。今の構造では利益は生まれにくいのですが、利用者を増やしつつビジネスの結果としてもしっかりお互いに還元した上で、メトロさんには感謝の意を示したいですね。
アクセラレータープログラムの可能性
―最後にアクセラレータープログラムを検討しているスタートアップ企業と大手企業に、それぞれメッセージをいただけますか?
細川:メトロさんとの協業が決まった当時、弊社は創業直後でメンバーは自分含めて2人だったんですね。サービスローンチ直後かつ2人体制の状態で、プレゼンを通るとは正直思っていなかった。ピッチの際に一番聞かれたくないことが「何人で運営している?」という質問だったぐらいですから(笑)。でもメトロさんは、そんな(創業直後の)会社を採択して、業務提携までしてくれている。本当にこういった協業はめぐり合わだと思っているので、「良いサービスを作っている」と自信があるスタートアップ企業は、是非応募をしていただきたいなと。僕でいうと、石川さんみたいな熱量のある方に出会うかもしれない。「無理だろうな」「相手人されないだろうな」と思わずに、是非チャレンジしていただきたいですね。

石川: 2回のプログラム実施を通じて感じたのは、自分たちの会社の存在意義やグループ理念に呼応するような人たちが応募してきてくれる、ということ。お互いに同じ方向を向いてプロジェクトの最後まで伴走できるような、最高のパートナーを見つけられる機会になると思っています。もう一つは、言い方は失礼かもしれないですが、大手企業によってはモノゴトを進めるためにたくさんの手順や決済に時間が掛かるところもあると思うんです。しかし、想いのこもったプログラムを経たことで、決めたからには最後までしっかりやろうという空気感になるんです。動きが鈍い大企業にスタートアップのようなスピーディーさが入ってくると、企業の中にも感化するメンバーが出てきて、動きが活発になる引き金になる。スタートアップ特有のスピードと、柔軟なアイデアで、「やろうって決めたじゃん」「(自分たちが)採択したじゃん」「ゴーサインを出したよね」と覚悟を決められる。それが、最後にはすごいパワーになるんですよね。
