※この記事は、2016年10月24日、creww magagineにて公開された記事を転載しています。
―ジーンクエストは2013 年 6 月に東京大学の研究者が中心となって設立されたバイオベンチャー企業ということで、高橋さんは、大学院在学中に起業されたんですね。起業して味わった苦労はどんなことがありますか?
起業に伴い、何もかもが苦労の連続でした。なぜなら、一度も就職しなかったので社会のことを知らずに起業したためです。業者さんとのやりとりや、WEBサービスや事業の作り方、営業の仕方も何も知らない状態から始めました。ビジネスマナーもよくわからず…そのため、自分の失敗経験から、直接多くのことを学びました。経営の本を読むことでも勉強をしました。
また、人脈もゼロの状態から始めましたので、1人で学会に参加して知見の豊富な大学教授に相談をしに行ったり、自分から経営者の講演に行って、その後に名刺を持って話を聞いてもらえるよう試みたりしました。やはり多くはその場の受け答えだけで流されてしまいましたが、なかには話を聞いていただき、親身に相談に乗ってくださる方もいました。何とか事業を立ち上げることができたのは、当時からたくさんの方々に支えていただいたからです。
―2014年1月には一般消費者向けの遺伝子解析サービスを開始していますね。もう少し具体的に教えてもらってもいいですか?
解析キットを購入し、唾液を送付していただくことで、生活習慣病などの疾患リスクや、体質に関わる情報など、最大約290 項目についての自身の遺伝情報を知ることができます。具体的には、がんや2型糖尿病やアトピー性皮膚炎、骨粗鬆症など多くの病気リスクのほかに、アルコールに強いかどうかや痛みの感じやすさ、記憶力や乳糖耐性、骨密度などの遺伝的な体質などです。このように、自分の健康リスクを事前に知っておくことで、事前に自分の体質やなりやすい病気を把握・予防することができます。
また、自分の祖先がいつ誕生したのか、どこで誕生したのかなど祖先の歴史を知ることもできます。自分のルーツを探ることができるのも遺伝子検査の魅力のひとつです。
―遺伝子解析サービスは幾つか出てきていると思いますが、ジーンクエストに顕著な特徴を教えてください。
ジーンクエストのサービスの特徴は、日本人や日本人を含むアジア人を対象とする科学論文を情報の根拠として使用し、日本人やアジア人向けの大規模遺伝子解析を行っていることです。
当社では市販のDNAチップを独自に改変し、日本人の疾患や体質との相関について科学的根拠のある遺伝子を解析対象としています。
また、他社では追加サービスを受ける際に費用が発生することが多いですが、ジーンクエストは研究が進んで新しい知見が整ったときに、それに伴って無償でメニューを追加するサービスも行っています。
サービスに使われる遺伝子データはごく一部ですが、私たちはお客様の同意も得た上で、約30万箇所の遺伝子を調べ、データを蓄積しています。まだ機能がわかっていない遺伝子についても研究を行っており、その研究の成果が更新されれば、その知見に合わせて結果も更新されます。
今後どんどんユーザーが増え、新たに膨大なゲノムデータが蓄積され、それによりさらに研究が進んで、新たに見いだされた知見を消費者へ還元する、という、ビジネスと研究のシナジー効果を生み出していきたいという想いが、私が起業したきっかけでもあります。
―ビジネスとアカデミズムを相互に作用させていくということですか?
はい。私は、東京大学大学院で大規模な遺伝子解析を活用して生活習慣病の予防メカニズムについて研究していましたが、「研究者として生命科学分野を発展させたい」という想いを持ちながら、「その研究成果を社会に持続可能な形で発展させられるような仕組みをつくりたい」と考え、そこで辿り着いたのがジーンクエストのビジネスモデルです。コンシューマー向けの遺伝子解析ビジネスを提供しながら、遺伝子情報において、特化した社会的研究を行うことのできるジーンクエストを起業することで、間違いなく生命科学の分野の研究を加速できるという確信がありました。
―遺伝子検査に対して、倫理的な問題やビジネスの障壁もありますよね。妊娠前検査も議論になりがちだと聞いたことがありますし、精神疾患の可能性といった情報が差別に繋がっていくこともあるでしょうし、それに個人情報という意味でも遺伝子情報は究極の個人情報になりますよね?
個人のゲノム情報を扱うということは、情報が明らかになることで遺伝子による社会的差別につながり得るというリスクがあり、そのため、遺伝子情報の管理の仕方などが適切に議論される必要があると感じています。
ゲノム情報を今後どう扱っていくかはようやく議論が始まったところで、まだ社会に倫理的基盤が形成されていないという問題があります。実際は、技術の発展が早すぎて、人の認知も議論の時間も追い付いていないのが現状です。日本では、義務教育にもヒトゲノムの内容は入っていません。このように、教育によって倫理の形成に先手を打てるようにすることも重要だと思います。
―遺伝子検査のユーザーの母数が増えなければ、データベースが充実しない。そこの認知と倫理を醸成していくのがポイントなんですね。
はい。当社の目的のひとつに、「遺伝子の研究を推進し、正しい使い方を広め、人々の生活を豊かにすること」があります。遺伝子検査ビジネスは急速なスピードで拡大を続けていますが、一方では科学的根拠の乏しい検査の存在や倫理問題が指摘されており、現状のままでは消費者に不信感を与える可能性があります。ジーンクエストでは、科学的根拠に基づいた信頼性の高い遺伝子検査サービスを提供することで、多くの方に正しい遺伝子の知識を持っていただいた上で、遺伝子研究成果の恩恵を受けられる社会の実現を目的としています。
当社には、遺伝子情報とあらゆる生活習慣や疾患に関するアンケートの情報が蓄積されています。これからのジーンクエストでは、医療機関、製薬企業、化粧品企業、食品企業などと共同研究の提携先を増やし、遺伝子の個人差を考慮した新サービスを生み出すことで、社会全体に遺伝子検査を受ける価値を提供していきます。