モデレーターは、大手出版流通企業の経営企画部門に所属しながら、イントレプレナーコミュニティの運営、企業や行政等と連携したプロジェクトを複数手掛ける一般社団法人Work Design Lab 代表理事/複業家の石川貴志氏。パネリストに、新規事業の立ち上げから子会社の取締役を経てVR事業を立ち上げているグリー株式会社の岩永龍法氏、アクセラレータープログラムを実行中の、松竹株式会社の森川朋彦氏を迎え、語り合った。
新規事業プロジェクトの始め方やチーム編成はどうすべきか
石川: まず基礎情報として、各社の売上規模と新規事業の作り方の特徴があれば教えてください。
岩永: グリーは780億円規模の会社で、新規事業は投資と事業開発の両方をやっています。
石川: 新規事業は、たとえば「数年後にいくら規模の事業を作る」と決めてスタートするのか、それともアイデアの種を数ヶ月かけて形にして事業化の判断をするのか、どちらのスタイルですか?
岩永: 僕がやっていたときは、新規事業のアイデアにいくら投資し、細かいKPIを設定、数ヶ月後に事業の継続もしくは撤退の判断をするという新規事業開発プロセスを決めながら新規事業を開発していました。ただ、結果的にはほとんどの事業が撤退・売却という判断になったこともあり(悲)、直近では、グリーグループとしてVtuberに特化したライブエンターテインメント事業を第三の柱にすべく、積極投資すると決めました。
石川: ありがとうございます。松竹さんはどうでしょう?
forest river: 松竹は1000億円規模の会社です。個人的には、スタートアップと一緒に新規事業を検討していますが、会社全体としては事業開発本部が事業のタネを検討しています。
石川: 新規事業は既存事業からすると面倒な存在なので、いざ立ち上げようとすると社内の巻き込みが難しくて、それが壁になることは多いと思います。お二人は人の巻き込みに関して意識していることや、実行していることはありますか?

岩永: 僕が入社した当時、グリーは外資コンサルや金融、事業会社など多様なバックグランドを持つ人たちが集まっていました。その中から人為的に多様な人をピックアップして、何が生まれるかを試すという手法で新規事業開発を推進していましたね。
結果論にはなってしまいますが、そのやり方で成功したのは、医療ヘルスケア領域で事業を展開するメドレーとの協業でした。当時、事業を担当したグリー側のチームは、高齢化に伴う社会課題を解決したいと強く思っていた、熱量の高いメンバーで構成されていました。ただ、当時のプロセス上は数ヶ月後に経営判断で事業継続の可否を決定されてしまいます。
この事業を継続する際、当時は相当議論がありましたが、メドレー社にチームごと移譲し、事業を継続することになったのです。結果、数年かかりましたがメドレー社は上場を果たし、当時のメンバーも報われたのではないでしょうか。個人としてとてもうれしく、羨ましくも思います(笑)
forest river: 松竹はこれまで、不動産事業を除き、演劇や映像関連以外の新規事業はやってきませんでした。120年以上続くレガシー企業であり、実は現社長の迫本は、元会長の孫でして、15年以上社長を務めています。もともとは弁護士でプロパーではなく、かつ大株主ではないものの、オーナー企業に近いんですね。だから、社長がやりたいと言ったアイデアを事業開発チームが検討し、立ち上げるケースがよくあります。
ただ、メンバーは本業と兼務で取り組むケースがほとんどで、深くコミットできないからうまくいかないことが多かったんですね。一方で、うまくいったのはメンバー全員が新規事業にコミットした、松竹芸能の「笑育」という事業です。これは、お笑い芸人から笑いの仕組みを学び、笑いやユーモアを交えたコミュニケーション力、発想力などを育成するプログラム。
小学生向けに開発したのが始まりでしたが、最近では社会人向けのプログラムが支持されており、大手金融なども活用いただいています。この事例から、新規事業のメンバーは兼務ではなく、コミットできるメンバーで構成すべきだということが明確になりました。
石川: 新規事業のテーマがトップから降りてくると、それが悲劇になる可能性もあると思います。興味がわかない、好きになれないテーマだったときはどうしていますか?
forest river: 社長案件は断れないプレッシャーがありますが、検討の結果、断ることもあります。ただやはり、好きになれないテーマで熱量が上がらないと、最終的にはボツになるケースが多いですね。
事業立ち上げに向けて社内決済はどう通すのか
石川 次は、事業立ち上げに向けて社内決済はどう通しているのかを伺いたいのですが、それぞれ社内決済の通し方に特徴はありますか?

岩永: グリーはオーナー会社なので、やはりオーナーを攻略する必要があります。社長に対して、「この市場に対してこの事業をやりたい」という話をして折り合いをつけていくのですが、長ければ3ヶ月くらいかかることもあります。私も何度か経験しましたが、これが非常に厳しい(笑)
forest river: 松竹も、早い段階でトップを巻き込むことが重要です。役員会で売り上げ目標や市場規模の説明をするより先に、「この事業はやる意義がある」というトップのコンセンサスを取っておくことで、結果的に社内決裁が通りやすくなるということはあります。
石川: お二人ともオーナー企業だから、トップの攻略が最初に必要なのですね。社内決済が通ったあとのコミュニケーションとして、新規事業を立ち上げるための良い事例はありますか?
岩永: 新規事業といっても、事業領域が異なりつつも経営のノウハウが共有できる部分もあります。しっかりと新規事業責任者同士がコミュニケーションし、ノウハウを共有出来ているチームは、かなり成功していましたね。
forest river: たしかに、松竹も毎週やっている朝会という経営層が集まる会議体で頻繁に進捗報告をしていた新規事業はうまく展開していました。
新規事業を立ち上げる人材は、どう育成する?
石川: では最後に、新規事業を立ち上げる人材の育成に関しては、どのようにお考えですか?
岩永: 僕は「人為的に作れる」ものだと思っています。正直、与えられた仕事だけをして過ごしていたら、社会の問題とは関係なく生きていけるじゃないですか。だけど、他の違うことをやり始めると「あれ?そもそもなぜこうなっているんだろうな」というような疑問が湧いてきます。同じような課題、疑問を持っている人たちと話をすることで、「これは本当に課題なんだな。」と自分の中で蓄積していく。そうする何かが変わる瞬間があるんですよね。
「とにかく、外の世界を見せる」「現状と何が課題かどうかを聞きまくる」そして「その課題を解決する、と約束してくる」これをを繰り返すことで、「この課題は自分が解決しなければならない」というふうに自分ゴトになっていくんだと思ってます。そう思えた人が、新規事業を立ち上げられる人ではないでしょうか。
石川: ありがとうございます。これからも情報共有をしながら、世の中に新しいビジネスを生み出していきましょう。

「Intrapreneur’s Hub」事務局:共通課題を持つイントレプレナー同士が悩みを共有、ノウハウをシェア、必要に応じて共創をすることで、本業の新規事業を加速させるキッカケとなるコミュニティづくりを目指す「Intrapreneur’s Hub」。毎月ゲストイントレプレナーをお招きし、さまざまなノウハウや失敗事例、成功事例をお話して頂くとともに、イントレプレナーのネットワークを築いていっております。新型コロナウイルスの影響もあり、4月はオンライン実施を予定。詳細が決まり次第、ご案内させていただきます。

リクルートエージェント(現リクルートキャリア)の事業開発部門のマネージャーを経て現在、出版流通企業の経営企画部門にて勤務。
2012年より社会起業家に対して投資協働を行うSVP東京のパートナーとしても活動。2013年にWork Design Labを設立し「働き方をリデザインする」をテーマにした対話の場づくりや、イントレプレナーコミュニティの運営、また企業や行政等と連携したプロジェクトを複数手掛ける。2017年に経済産業省「兼業・副業を通じた創業・新事業創出事例集」選出。2018年にAERA「生きづらさを仕事に変えた社会起業家54人」選出。新しいワークスタイルに関する講演・執筆多数。1978年生まれ、三児の父。

上智大学経営学部経営学科卒。大手外資系ITベンダーにて新規プロダクトのロールアウト、事業開発を経験し2013年グリー入社。グリーでは経営管理強化プロジェクトにてシステム導入に携わり、その後新規事業開発本部にアクセラレーションプログラムを担当。多数の新規事業開発に関わり、そのうちの一つ、自分自身も新規事業子会社の取締役として事業を推進するも、当初見えていなかった事業モデル上の欠点を克服出来ず、事業分割し、清算。その後、グリー本社内のVR関連の事業開発を担当し、現在に至る。

2010年上智大学総合人間科学部教育学科卒業、松竹株式会社入社。 同社が世界で唯一手掛ける歌舞伎関連事業に携わった後、社長付き政策秘書を経験。その後経営企画に異動し、中期経営計画の策定。社内プロジェクトチームの運営責任者等を担当した後、アクセラレーションプログラムの立ち上げに携わった。 2018年11月より、ドローン・エアモビリティに特化したベンチャーキャピタルであるDrone Fundに1年間出向し、VC業務を経験。現在はイノベーション推進部にて、スタートアップとの協業による新規事業開発を担当している。