世界有数の産業集積地である愛知県。製造品出荷額は47兆円で国内1位、輸出総額も16兆円を超える、まぎれもない日本経済を支える成長エンジンだ。しかし、大きなシェアを持つ自動車産業は自動運転や5G、IoTなどテクノロジーの進化によって100年に一度とも言われる大変革期を迎えている。
そこで、愛知県はものづくり企業と全国のスタートアップとの共創により、新たな価値を創出するために、crewwとの共催でビジネスマッチングプログラムの実施を決定した。このプログラムは、最終的に「マッチングDay」というイベントを開催するのだが、名刺交換で終わってしまうようなイベントではない。
具体的には、愛知県のものづくり企業がcrewwのプラットフォームに「課題」や「提供できるアセット」などを詳細に記載した募集ページを掲載すると、crewwコミュニティが持つ全国約4200社のスタートアップが「共創したい理由(解決したい課題、実現したい協業、生かしたいリソース等)」を記載してエントリー。
ものづくり企業は記載された内容を閲覧し、本当に会いたい・すぐに商談したいスタートアップをあらかじめ書類選考で選定することで、「マッチングDay」では最初から具体的な商談ができ、実業につながるという仕組みだ。

実は愛知県では、この取り組み以外でもオープンイノベーションに力を入れている。2018年10月に「Aichi-Startup戦略」を策定し、100を超える企業や金融機関、行政、大学などと連携。さらに、全世界からのスタートアップ誘致を実現させるために、テキサス大学とも連携して、スタートアップエコシステムの形成を目指している。
なぜ愛知県はものづくり企業とスタートアップとの共創を推進しているのか。ここからは、creww取締役の水野智之氏が語った「大企業がスタートアップと組む重要性」と、実際にスタートアップと共創を進める愛知県企業のパネルディスカッションの様子をお届けする。
なぜオープンイノベーションが必要なのか

水野 近い未来、あらゆる交通手段がクラウド上の“サービス”に変わる「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」によって、自動車メーカーや公共交通、その他のさまざまな産業を巻き込んだ大変革が起こります。
さらに2019年以降、5Gが社会実装されると、自動運転や遠隔医療、VR、AR、ロボティクスなどがより一層進化し、あらゆるビジネスモデルが変革することに。既存産業は今までの延長戦でビジネスを続けているわけにはいかなくなりました。
しかし、こうしたテクノロジーの進化と急速な人口減少から、ライフスタイルやビジネスモデル、産業構造は大きく変わるにも関わらず、日本の起業率は先進国では最低レベル。世界に先駆けて超高齢化社会になり労働人口が減少する日本こそイノベーションが必要なのに、挑戦しない「チャレンジ後進国」になっているのです。
この現状を変えて、もっと新しいものが生まれる社会・挑戦できる社会の仕組みを作らなければならない。――そのための手段の一つが、オープンイノベーションです。
今までの延長戦かつ自前主義ではなく、最先端技術やアイデアを持って前例のないビジネス創出に挑戦するスタートアップに自社のアセットを組み合わせて、新しい価値や事業を生み出していく。それも、自社課題に目を向けるのではなく、社会課題を解決するためのモノやサービスを生み出し、競争優位性を作る。
これから加速度的に進化するテクノロジーと、それに伴い変化し続ける社会のスピードについていけなければ、いくらこれまでの実績や誇れるプロダクトがあっても生き残れません。企業だけでなく、行政や自治体もオープンイノベーションを取り入れ始めている今、「挑戦しない選択肢は無い」と言えるのではないでしょうか。
愛知県企業のオープンイノベーションの取り組みとその背景
登壇者:新日本法規出版 河合嘉之 / 八神製作所 岸寛之
モデレーター:creww 水野智之
水野 まずは、なぜスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むことを決めたのか、どういった目的があったのかを教えてください。
河合 スタートアップに期待したことは2つあり、1つはテクノロジーを持っていることです。新日本法規出版は法律の専門書を出版している会社なので、コンテンツを作るノウハウはあってもテクノロジーは持っていません。だから、スタートアップに補完してもらいたいと思いました。

もう一つは、私たちの思考の枠を超えた発想に期待したこと。以前から、新規事業を創出して新たな収益源を作ろうと取り組み、社内ベンチャー制度も作ったのですが、どうしてもアイデアが同質化してしまっていたんですね。文化や考え方の違うスタートアップなら、私たちが思いつかなかったアイデアがあるのではないかと思ったのがきっかけです。
水野 法律の専門書の出版社で、なぜテクノロジーが必要だったのでしょうか。
河合 それは「紙離れ」という大きな問題に直面しているからです。この問題をクリアにするには、テクノロジーの力が必要だと思いました。

岸 八神製作所がオープンイノベーションに取り組んだきっかけは3つあり、1つはトップの危機意識です。弊社は医療機器の専門商社で、注射器やガーゼ、CT、MRIなどを病院に卸す事業を中心に、訪問看護やデイサービスなども展開しているのですが、医療費抑制によって今までと同じことをしていても業績は上がらないため、新しい事業の柱を作る必要性がありました。
2つ目は、そうした課題を解決するために、最先端技術を活用したくても社内のリソースでは難しかったこと。そして3つ目は、創立150周年を迎える古い組織の壁です。新しいことに取り組もうとしても抵抗感があり、自分たちだけではその壁を突破できなかったため、crewwのアクセラレータープログラムに乗っかって一歩踏み出せば、何か見えてくるのではないかと思いました。
水野 実際に、取り組むまでにはどのようなステップを踏み、またどれくらい時間がかかりましたか?
岸 知人のつながりでcrewwの話を聞き、水野さんに来社いただいて社長にプレゼンしてもらったので即決でした。ただ、社内では「オープンイノベーション」「アクセラレータープログラム」とカタカナが並ぶことに拒否反応があったので(笑)、全社員に丁寧に説明する場を設けました。理解してもらってからは前向きに捉えてもらっていますよ。
河合 私は出張で東京に行ったとき、偶然にも虎ノ門ヒルズに新しくできたベンチャー・カフェのオープニングイベントに誘われました。そこでアクセラレータープログラムというものを知り、「これは面白い」と思って情報収集し、crewwとの取り組みを決めました。
水野 初めてお会いして実施するまでに1ヶ月もかかっていないですよね。
河合 ただ岸さんと同じように、トップの合意は即決でも社内の人からはカタカナや横文字への拒否反応を示されたので、地道な翻訳作業はしましたよ(笑)。
水野 実際、スタートアップと協業するのは事業部の人たちだと思いますが、当事者となる方たちの反応はいかがだったでしょうか。
河合 みんな危機感を持っていたので、ポジティブに捉えてくれました。メンバーは公募で募ったのですが、想像以上の人が応募してきたのには驚きました。
岸 弊社も公募でメンバーを募ったら想定以上に応募がありました。若手主体で進められる体制を作ったのでモチベーション高く進めてくれています。みんな、通常業務と両立させているのですが、今回の取り組みはトップからの発信なので上司からも理解を得られていますね。
水野 スタートアップと協業する上で難しかったことはありますか?

岸 今、実際に製品を持つ5社との実証実験を進めているのですが、スタートアップが持つ素晴らしい製品に付加価値をつけるのが難しいですね。単に拡販することになるのは避けたいと思っています。
河合 スピード感の違いに慣れるのには時間がかかりました。私は堅い会社の中でもフットワークが軽い方だと思っていましたが、スタートアップの人たちとはそもそも時間軸が違うし意思決定のスピードも違っていました。
水野 スタートアップとの協業でポイントの一つになるのが、自社の主観や理論を主語にせず、いかに相手の意思を汲めるかだと思っています。その点、お二方はうまく協業されていると思うのですが、実際に何を生み出そうとしているか、言える範囲で教えてください。
岸 あまり詳しく言えないのですが、病気の予防や未病の領域や、医療従事者の働き方の領域で新しいサービスを生み出そうとしています。
河合 うちは法律の専門書を扱っていることで元弁護士の方のスタートアップと出会えたので、弁護士がM&Aに携わる際、どうしても労働集約型で過剰な負担がかかってしまう働き方を変え、本質的な仕事に注力できるようなサービスを開発しているところです。
水野 ありがとうございます。最後に、これからオープンイノベーションに取り組もうとしている企業にメッセージをお願いします。
河合 お伝えできるのは3つあり、1つは実働する社内のチームにポジティブな雰囲気を作ることです。メンバーは通常業務と兼務していて負荷が大きいので、楽しい雰囲気を継続させることは一つのポイントです。
2つ目はロジカルにやりすぎないこと。事業化するとなると収益性を追求してしまいますが、スタートアップとの協業は他にないサービスや市場を作っていくものなので、情熱ドリブンで進めるのが良いと思います。
そして3つ目は覚悟を持って進めること。スタートアップの人たちは人生をかけて取り組んでいますし、社内のメンバーも時間を割いて取り組んでいます。だから、事務局も覚悟を持って本気で向き合うことが大切です。
岸 スタートアップのアイデアと自社のリソースでどんなシナジーが生まれるかは、デスクでいくら考えてもわかりません。だからこそ、まずは動いてみるのが大切。とはいえ、当事者に熱意や使命感がないと“オープンイノベーションごっこ”で終わってしまうので、いざスタートしたら関わるメンバー全員が「覚悟」を持って挑むことが大切だと思いますよ。
crewwのマッチングイベントやアクセラレータープログラムの詳細は、こちらから。


2000年雪印乳業に入社。その後、広告代理店、個人事業主を経て、2012年ビズリーチに入社。コンテンツ制作に従事。2016年にNewsPicksに入社し、BrandDesignチームの編集者を経て、現在はフリーランスのライター・編集として活動中。