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木曜日, 3月 23, 2023

世界初! 辛さの単位を作った「辛メーター」。伊藤忠商事のアクセラレータープログラムでアイデアが形に

辛い物好きなら、定期的に食べたくなる辛い料理。しかし、辛さの基準は店によって違うため、「思ったより辛くない」「辛くて食べられなかった」という残念な気持ちを味わった人は少なくないだろう。この体験に終止符を打つべく、辛さの単位を作ったのが辛メーター株式会社だ。映画監督・江口カン氏の「辛さの単位を作りたい」というアイデアに賛同した作家の元木哲三氏、そして周りに集まったプロフェッショナル達の高い熱量を、伊藤忠商事のアクセラレータープログラムが強力に後押しした。具体的に、どんな経緯で辛メーターは作られ、これからどのような展開を目論んでいるのか。元木氏に話を聞いた。

辛さの単位を作りたい。飲みの席での話がプロジェクトに

――「辛さの単位」とは面白い発想ですが、辛メーターが誕生するに至った経緯を教えてください。

数年前、映画監督の江口カンさんと飲みながら仕事の話をしていたときに、「辛い料理って店によって辛さの表記がバラバラでわかりにくいよね」という話をされたんですね。

ある店は3辛、5辛、ある店では30倍、またある店では「地獄」なんて表記されていて、これじゃあどれくらい辛いのか、さっぱりわからない。バラバラになっている辛さの表示を集合知によって統一できないか。それができれば「単位」として活用できるんじゃないか、と。

僕はこの話に「なんて斬新なアイデアなんだ」と衝撃を受けました。

技術的なことはわからないけれど、うまくいけば世界共通で使われる単位になるかもしれない。これは実現すべきだと思い、マーケターや技術者、デザイナーなどいろんな分野のプロを集めて議論を始めました。

――飲みの席での話がプロジェクト化したのですね。

そうです。いい大人たちが集まって(笑)、辛いものを食べて辛さを判定することを「辛ジャッジ」と呼ぼう、自分にとってちょうどよい辛さを「マイ辛値」にしよう、単位は「KM(辛メーター)」にしようなど、毎回議論は白熱しました。

ただ、問題だったのは、それぞれに本業が忙しく、なかなか前に進まなかったこと。辛メーターの概念の話は山ほどしたけれど、具体的なプロダクトに落とし込むためには大量の辛ジャッジデータとそれを分析するアルゴリズムが必要です。

どうやって大量のデータを集めるのか、開発費はどうするか。そんなとき、メンバーの一人が見つけたのが、伊藤忠商事のアクセラレータープログラムでした。

――辛さの単位を実現させるために、協力者を増やそうと考えたのですね。

そうです。ただ、本当に集合知から辛さの単位を作れるのか、その時点では説得材料がなかったので、世の中の「3辛」の食べ物をかき集めて、それぞれの辛さを0.0〜5.0の点数で評価する試食会を開きました。

すると、各人の点数にばらつきはあっても平均値を取ると、どれも納得できる数値になったんですね。しかも、表記は同じ「3辛」でも、商品ごとに辛さが全く違うことも実証された。

平均値だけでこの納得感なのだから、アルゴリズムを研究すれば、集合知から辛さの単位が作れると確信しました。この経験をもとに渾身のプレゼン資料を作って伊藤忠商事のプレゼンに臨んだのです。

2018年に実施された「伊藤忠商事アクセラレーター2018」についてはこちら

プレゼン時に体感してもらった、辛さの表記と実際の辛さの乖離

――実際、どのようなプレゼンをしたのでしょうか?

当時、見せられるプロダクトは何もなかったので、辛メーターの概念を知ってもらうために、3種類の市販のカレーを食べてもらって、辛さを5段階で評価してもらいました。

実は3つともメーカーによって「3辛」と表記されたカレーだったのですが、それを伏せて食べてもらうと、案の定、評価の数値にばらつきが出たんですね。事実を伝えると会場内にざわめきが起こりました。

そこからは、辛さの表記と実際の辛さには乖離があって、世の中の辛さの単位はめちゃくちゃであること、このバラバラの表記を「KM(辛メーター)」で統一したいことを、熱量高く訴えました(笑)。

すると、伊藤忠商事の方から「君たち、お酒を飲みながら相当話したんだね」「アホみたいなことを真面目に考えたね」と言われたんです。これは僕らにとって最高の褒め言葉。「すぐに取りかかった方がいいのではないか」と言ってくださる方もいて本当に嬉しかったですね。

そして後日、採択の連絡が届き、実証実験に進むことになりました。

――面白いですね。実際に体験してもらうことで、辛さの表記がバラバラであることの説得力を持たせた。

そうです。しかも、辛メーターが成功したら、同じように共通理解がしにくいとされる「悲しみ」や「痛み」なども数値化できる可能性もある。

たとえば「君は“生きづらさ”が3.5を超えているから、数日休みなさい」というマネジメントができるかもしれない。僕たちは「辛さの単位」を作ることに集中しますが、そこから発展して他の単位が生まれたら面白いなと思っています。

伊藤忠商事の社内スタッフ100人が、10種類の辛いメニューを辛ジャッジ

――伊藤忠商事とは、どのような実証実験をされたのでしょうか。

伊藤忠商事本社の社員食堂にご協力いただいて10種類の辛いメニューを作り、2019年7月から8月にかけて、約100名の社内スタッフの皆さんに簡易版のアプリで0.0〜5.0KMの辛ジャッジをしてもらいました。

0.0KMは全く辛さを感じない、5.0KMは辛くて食べられないという判断基準です。

メニューには程よい辛さから激辛まで幅を持たせたかったので、実証実験前に辛メーターのチームで試食し「もう少しカレーの辛さを上げてください」とシェフにお願いしたところ、本番で「辛すぎて全部食べられなかった」という声をいただくような社員食堂初の激辛カレーが誕生(笑)。

現在の辛メーターを見ていると、激辛と謳っている商品でも3.0KMを超えることはなかなかありません。でも、その激辛カレーには、なんと4.2KMの評価がついたんです。シェフの本気を感じましたね。

実証期間中は10種類すべてのメニューの辛ジャッジをしてくださった方がとても多く、シェフはもちろん伊藤忠社内スタップの皆さんには心から感謝しています。

――辛さに強い人と弱い人で、辛ジャッジにバラつきは出なかったですか?

バラつきが出ても、集合知によって納得のいく数値になります。しかも、何度か辛ジャッジをしていくうちに、辛さに強い人も弱い人もKM値の基準がわかるようになるようですね。すると、たとえば、辛さに弱い人でも2KMのメニューに対して4KMの辛ジャッジをしなくなる。これは実証実験で得られた面白い傾向でしたね。

その後は、九州大学の准教授にアルゴリズムを何度もブラッシュアップしてもらい、実証実験で得られた大量のデータを検証しながら本番のアプリ開発につなげました

――法人化はどのタイミングでされたのでしょうか?

実証実験が決まったタイミングです。「辛さの世界統一単位を作ろう」という思いに共感した、あらゆる領域のプロフェッショナルを集めて、2019年1月に法人化。その後、実証実験を経て、2020年1月にアプリを正式リリースしました。

辛いものがつなげる、新しいコラボレーション

――1つのアイデアが、周りの人や大企業を巻き込んで形になった。すごく夢がありますね。アプリをリリース以降はどのような取り組みをされてきたのでしょうか。

リリース当時は、1日に10万人規模を集客するような激辛イベントが各地で開催されていたので、イベントとタイアップして集客を増やす企画を立てていました。でも、コロナ禍で計画は白紙に

コロナがある程度収まるまでの展開方法はどうしようか……と思っていたのですが、ありがたいことに辛メーターがテレビで取り上げられたんです。しかも、ゴールデンの2番組に。

番組のディレクターさんから「出演する俳優さんが辛い物好きで、辛メーターを番組内で使いたいと言っている」と連絡が来たときは驚きましたね。結果、ユーザー数はぐんと増えました。

他にも、食品関連の展示会で名刺交換をしたハウス食品の方から連絡があり、「しあわせの激辛」というコラボ企画の販売に至りました。

ナショナルブランドが“激辛”と謳う商品は、辛い物好きからすると辛くないものがほとんど。だけど、本当に辛い商品を作りたいよねという話が出たときに、辛メーターのことを思い出してくれたようで、お声がけいただきました。

どちらも、僕らから営業したのではなく、辛メーターを見つけて連絡してくださったのが本当に嬉しかったですし、独創性の高いアイデアがそうさせたのだと思いました。

ユーザーと辛ジャッジを増やし、単位の精度を高める

――辛さの単位ができたことで、これからもコラボレーションは広がりそうですね。

そうであると嬉しいですね。

僕らはお金を稼ぐために辛メーターを作ったのではなく、世の中に存在しなかった辛さの単位を作りたくて始めたから、マネタイズをあまり考えていませんでした。だけど、日本に閉じず、世界中で使われる単位にするためには、投資が必要です。

今はまだ、全員が手弁当で携わっていますが、いずれ専属の社員を増やして、他社とのコラボレーションはもちろん、ビッグデータを活用したマーケティング支援や激辛ツアー、激辛検定など、いろんな事業展開を考えたいです。

辛メーターの楽しさは、日常使いはもちろん、旅先や出張先の土地勘がない場所でも、簡単に自分の好きな辛さを提供しているお店を調べられること。これが日本中に広がっていくためには、辛い食事を提供する飲食店が元気でいてくれることが何よりです。
みんなでお店に集まり、辛い料理を食べて笑顔になれる日が戻るまで、僕らはユーザー数と辛ジャッジ数を増やしてお店に貢献しつつ、辛メーターがグローバルで使える単位になるよう、UIやUXのブラッシュアップ、アルゴリズムの精度の向上など、地道な取り組みを続けていきます。

社名辛メーター株式会社
設立2018年12月26日
所在地〒810-0023 福岡県福岡市中央区警固1-15-6 KH22ビル5F
代表者代表取締役CEO 元木 哲三
事業概要「辛メーター」の運営
URLhttps://karameter.com/
インタビュイー
元木 哲三 氏 辛メーター株式会社 代表取締役
雑誌記者、ミュージシャンを経て、ライターとして活動。5000人以上にインタビューし、100冊を超える書籍の制作に携わる。学生時代に訪れたバンコクで辛い料理に覚醒。以降、辛い麺料理、カレー、エスニック料理を愛好してきた。2017年、「辛メーター」の活動に関わり、2019年の法人化に際して、代表取締役に就任した。
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田村 朋美
2000年雪印乳業に入社。その後、広告代理店、個人事業主を経て、2012年ビズリーチに入社。コンテンツ制作に従事。2016年にNewsPicksに入社し、BrandDesignチームの編集者を経て、現在はフリーランスのライター・編集として活動中。
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