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物流業界の課題を解決すべく、スタートアップとの協業を開始

オープンイノベーションを推進する背景とは?
――以前より佐川急便はオープンイノベーションに取り組んでいますが、その背景を教えてください。
橋爪 スタートアップとの共創が本格始動したのは、Crewwのアクセラレータープログラムを導入した2020年から。昨今、社会が大きく変化したことで物流業界の課題も増え、独自の技術やアイデアを持つスタートアップとの協業による課題解決が必要不可欠となったのです。
これまでにアクセラレータープログラムは2回開催しており、2020年は100件弱、2021年は約80件のご応募をいただきました。現在、複数のプロジェクトで実証実験を繰り返しながら、事業化に向けて進めている最中です。
――スタートアップとの協業で解決したい課題を教えてください。
橋爪 物流業界が解決すべき課題は大きく2つあり、1つは将来的な人手不足問題です。少子高齢化により労働力人口が減少する日本で、トラックドライバーのなり手の減少が見込まれます。それに相反する形で、モノの移動ニーズは増大・多様化しているため、生産性を高める取り組みは急務となりました。
もう一つの課題は、お客さまニーズの多様化です。スマホでモノを買うのが当たり前になった今、国内のECサイトだけでなく、海外からモノを購入する越境ECも増加。また、メーカーやブランドもD2Cの流通形態に変化させていることもあり、物流プロセスも見直す必要が出てきました。
これらの課題は、佐川急便だけでスピード感を持って解決することは容易ではありません。我々にはない先端技術や優れたアイデアを持つスタートアップと連携することで、お客さまの期待に応えたいと考えています。
――現在、実証実験を進めている具体的なプロジェクトを教えてください。
橋爪 複数ある中で、2つの事例をご紹介します。1つはスマートロック「bitlockシリーズ」を開発する株式会社ビットキーとの取り組みです。オートロックのマンションでは、配達先が不在時に、宅配ボックスの空きがないと持ち帰る必要があり、一度でお荷物を配達することができないことが課題でした。
そこで、配達先の居住者に、事前に専用アプリでデジタルキーの発行リクエストを送信し、不在時でも配達員がスマートロックの鍵を開錠し、玄関に荷物を届けられる仕組みを作りました。現在は東京都内のタワーマンションで、「配達×スマートロック」の可能性と課題を探るための実証実験を重ねています。

もう一つは、画像認識技術につよみを持つ株式会社Sigfossとの取り組みです。
荷物は集荷後に縦・横・幅の3辺のサイズをメジャーで測るというアナログな作業が必ず発生します。それをスマホのような端末で撮影するだけで自動計測できるようになれば、効率化と将来的な人手不足問題の解決につながるはず。そこで「荷物の3辺計測の自動化」に取り組んでいます。

アクセラレータープログラムに必要なのは、当事者が課題を自分ごととして捉えること

佐川急便が多くのスタートアップと協業できている理由
――多くのアクセラレータープログラムに携わってきた水野さんは、佐川急便が多くのスタートアップと協業できている理由は何だと分析されますか?
水野 2年ご一緒して素晴らしいなと思っているのは、プロジェクトメンバーの方々の推進力が非常に高いこと。だから、全社的に取り組みに対する理解があるし、トップのコミットメントも高いんです。さらに、スタートアップと一緒に“事業の種”を検討する現場の方が、課題を自分ごととして捉えているためモチベーションも非常に高い。
その理由として挙げられるのが、アクセラを始める前の事前準備をしっかりされていることだと思うんです。物流業界や会社のどの課題にフォーカスするのかを明確にしているので、いわゆる“飛び地”の新規事業を求めているわけではない。
普段から感じている手触り感のある課題だからこそ、現場の一人一人が自分ごととして捉えやすく、スタートアップも応募しやすかったと思います。協業案の質も非常に高かったですよ。
――プロジェクトメンバーの推進力が高かったとのことですが、メンバーはどのように選んだのでしょうか?
橋爪 プロジェクトメンバーは公募で募りました。片手間ではなくアクセラに専任で取り組んでもらっています。プロジェクトメンバーに共通しているのは、課題認識の高さです。業界や会社の課題を理解した上で、より会社を良くしたい、課題を解決してお客さまニーズを捉えたサービスを届けたい意識が高く、それが推進力につながったのかもしれません。
スタートアップは下請けではない。対等なコミュニケーションを

オープンイノベーションをうまく進めていくための「コツ」
水野 大企業とは圧倒的に規模の異なるスタートアップと、いかに対等な立場でコミュニケーションを取るかです。スタートアップとの協業は単なる受発注ではないですし、何より「この人と一緒に仕事をしたい」と思えなければ、新しい価値創出にはつながりません。
佐川急便さんの場合、協業を検討するスタートアップ全てのオフィスに足を運び、各社の経営陣とFace to Faceでコミュニケーションを取られていました。スタートアップを理解する意味でも、すごく大切なポイントだと思っています。
――スタートアップのオフィスに行くことは最初から決めていたのでしょうか?
橋爪 いえ、これは意識せず行われていました。佐川急便の規模はたしかに大きいかもしれませんが、スタートアップの皆さんが持つ尖った技術や先進的なビジネスモデルは、我々には無いものです。だから、できるだけFace to Faceのコミュニケーションを取って相手を理解し、対等な立場で一緒に新しい事業やサービスを生み出そうという共通認識が社内にありました。
水野 スタートアップからすれば、自分たちのオフィスに協業を検討するパートナーが来てくれると、下請けではなく、ちゃんとリスペクトされていることを実感できるから、純粋に嬉しいと思うんです。こうした一つ一つの積み重ねが、「この人と一緒に仕事をしたい」につながるのだと思います。
実証実験の段階では、意思決定を現場に任せる
新規事業を創出するために必要なチーム体制とは
水野 企業の文化やカルチャーによって正解は異なりますが、それでもうまくいっている会社には、トップのコミットメントがあり、「プログラムを推進する事務局」と「スタートアップと協業する現場」が分離しているという共通点があります。
事務局が全てをやろうとすると無理があるので、スタートアップとの具体的な検討・協業は、現場の人がフロントに立つとうまくいきやすいと思います。
もう一つ大切なのは、現場主導である程度の意思決定ができること。オープンイノベーションの検討・実証実験の段階で、全ての意思決定に経営が介入すると、せっかくの事業の種も開花せずに終わってしまう可能性が高い。コストやリターンで判断するのは事業化が見えたタイミングで十分なので、初期は現場にある程度の権限を渡すのが大切だと思います。
橋爪 その通りで、やってみないとわからないことが多いのに、検討や実証実験のタイミングでリターンをベースで考えるのは意味がないですよね。オープンイノベーションはビジネスの種や課題解決の方法を見つける活動。経営には、どんな可能性があるかを理解してもらえたら、第一歩としては十分だと考えています。
オープンイノベーションより先に、社内環境をデジタル化すべし

何から始めたら良いのか?
――社会の変化に合わせて、企業も変化する必要があります。それでもオープンイノベーションにハードルを感じている企業は、何から始めたらいいでしょうか。
水野 コロナ禍で否応なく社会全体が変わった今、企業が考えるべきは新規事業を作る・作らないではなく、「自分たちはどうあるべきで、その実現のために何をすべきか」です。そのときに、切っても切り離せないのがテクノロジーとの共存。
佐川急便さんのように、既存業界の大きな課題をテクノロジーで解決するために取り組める企業はいいのですが、そもそも社内環境がアナログな場合は、まず社内のインフラやバックオフィス業務のデジタル化から始めてほしい。
経理や人事、労務などのバックオフィス業務や営業管理、マーケティングなどの最適化・効率化ツールを提供するスタートアップはたくさんいるので、まずはそれらのツールを導入するところからスタートアップとの接点を持つと良いと思っています。
――最後に、佐川急便の今後の展望について教えてください。
橋爪 オープンイノベーションに取り組む以前は、自分たちのビジネス課題を認識していても、「昔からの慣習だから」と解決せずに受け入れてきた側面がありました。でも、取り組み内容を全社に共有することで、今まで当たり前として見過ごしていた課題も「解決できるのではないか」と考えるように、グループ全体のマインドが変化しつつあるんですね。
だから、もっとスピードを上げて共創活動を実施し、オープンイノベーションの取り組みを加速させたい。さまざまな企業との協業で物流業界の課題を解決し、佐川急便としてもお客様ニーズに応えられるよう、サービス範囲を広げていきたいと考えています。

2006年SGホールディングス設立時から経営企画業務(計画策定、グループ再編、アライアンス、M&A、新規事業の創出、IPOなど)を担当。2021年7月より佐川急便経営企画部として、中期計画策定や新規事業の創出に取り組む。
伝票情報デジタル化の企画をはじめ、当社データと顧客・パートナー企業のデータを連携する新ビジネス、ロボティクス、ビッグデータによる複合輸送のルート解析など、新たなビジネスモデルの創出、業務革新に取り組んでいる。

Creww株式会社 取締役 / Managing Director
1977年生まれ。神奈川県出身。日本の高校を卒業後、アメリカの大学へ進学。これまでに複数のIT系ベンチャー企業で営業や経営に携わった経験を活かし、2013年にCreww株式会社に入社し、2017年に同社取締役に就任。Crewwではこれまで270回以上のアクセラレータープログラムに携わり、750件以上の事業採択を生み出すオープンイノベーション事業の統括責任者を務める。また内閣府や総務省などの行政機関との連携も図っており、全国の自治体や大学での講演も多数行っている。